お寺

沖縄では先祖崇拝が浸透しているのに、盆や墓参りなど先祖供養の場でお寺のお坊さんの姿を見ることはほとんどありません。だから沖縄では「仏教が根付いていない」とよく聞きます。でもそれって本当なのでしょうか?

全国で最も寺院数が少ない沖縄県

文化庁が行っている宗教統計調査によると、2016年時点で全国にあるお寺の数は7706寺と発表されています。最も寺院数が多かったのは滋賀県で、人口10万人あたり227.39寺もあります。これに対して沖縄県の寺院数は、全国で最も少なく、人口10万人当たり6.03寺となっています。

こうした調査から見てみると、「沖縄県には仏教が根付いていない」という噂も一定の根拠があるようにも感じます。もちろんこの調査からみてもわかる沖縄の寺院数の少なさには、これまで歩んできた沖縄の歴史や文化が大きく関わっています。

沖縄に仏教が最初に伝わったのは13世紀中頃

沖縄は、本州から遠く離れた位置にあります。最も人口が集中している沖縄本島以外にも無人島を含めた113島が属しており、それぞれの島で独自の文化や風習を持っています。このような複数の島々で構成された沖縄は、かつて琉球王国と呼ばれた独立国でした。

琉球王国は首里に王都を構え、国王を最高権力者としつつも、その国王を守護するために王族の女性から任命される「聞得大君」という宗教上の最高権力者も同時に存在する国でした。聞得大君は国王の健康と国の安泰を守るための「おなり神」とされ、神さまへの祈願を主な役目とされてきました。

聞得大君に仕えるのは女性の官女であり、聞得大君を直接補佐する3人の女官の下には多くの女性官女たちがいます。これらの女性たちは王都だけでなく各地域にも配置され、彼女たちによって様々な祀りごとが行われていました。そんな沖縄に仏教が伝わってきたのは、13世紀中頃のことだといわれています。

仏教が沖縄に伝来してきた理由も、国の安定が目的であったといわれています。そのため琉球王府が仏教を保護し、国王や多くの官僚たちが集まる首里王都近郊には次々とお寺が建てられていったといいます。

ちなみに記録に残る最も古いお寺は、英祖王の時代に現在の浦添市に建てられたという「極楽寺」だといわれています。極楽寺は後に臨済宗のお坊さんによって再建され、「龍福寺」となりました。

極楽寺(龍福寺)跡

極楽寺(のちの龍福寺)は、浦添市にある浦添中学校グラウンド西側にあったといわれています。極楽寺が建てられていた当時はここに英祖王の居城とされた「浦添グスク」があり、記録によれば浦添グスクの西に極楽寺を建てたといわれています。

そもそも庶民の間では仏教は伝わらなかった沖縄

国家安泰を祈願するために保護された沖縄の仏教は、庶民のための宗教ではありませんでした。お寺を立てる費用もお坊さんの生活の保障もすべて国が行ってくれていましたから、今で言えば当時のお坊さんは国家公務員のような扱いでした。

お寺も国王の居城がある首里近郊を中心に建てられ、その他の地域では国家にとって特別な場所にしか寺は建てられませんでした。そのため庶民の間で仏教が伝わるということはなく、首里周辺の村など一部の地域でお葬式の際にお坊さんを呼ぶことがあっただけでした。

ところが一般庶民のお葬式でお坊さんが呼ばれたとしても、お経をあげてもらうために呼んでいたわけではありません。当時の庶民のお葬式は、人が亡くなると墓まで葬列を作る風習があったのですが、この時に鉦をたたかせるためだけに呼ばれていたのがお坊さんでした。

庶民のお葬式に呼ばれるお坊さんは、国家公務員のような待遇を受けているようなお坊さんではありません。あくまでもお葬式の手伝いをするためだけに呼ばれる乞食坊主であり、そういったお坊さんのことを当時は「ねんぶちゃー(念仏者)」と呼んでいました。

最も多い時は300人以上のお坊さんが存在していた

今では全国一お寺の数が少ないといわれている沖縄県ですが、琉球王国時代に国によって保護されていた頃は次々と寺が建てられ、それに伴って多くのお坊さんが存在していました。なんと最も多い時は、お坊さんの数だけでなんと300人以上もいたといわれています。

琉球処分が庶民に仏教が広まるきっかけとなった

中国など諸外国との貿易によって独自に発展してきた琉球王国ですが、徐々に日本の支配下に置かれるようになっていきます。それに伴って沖縄の寺も少しずつ力が衰えていきます。

そもそもそれまでの沖縄の仏教は上層階級の人々のための宗教でしかなく、庶民のための宗教とは程遠い物でした。さらに薩摩藩の勢力下におかれたころは、薩摩藩が「一向宗教禁令」を敷いていたこともあって、様々な宗派が布教を行うことが出来る環境にはありませんでした。ところがこの状態が一変するきっかけとなったのが、1879年の琉球処分です。

琉球処分によって琉球王国は沖縄へと変わりますが、それとともに仏教の布教が解禁されます。これによってはじめて沖縄に浄土真宗大谷派や浄土真宗本願寺派が沖縄で布教を開始し、庶民にもわかりやすい宗教として活動を広げていった結果、ようやく庶民の間で仏教の教えが知られるようになります。

わずか30年余りでお坊さんの数が6倍に増えた沖縄

琉球処分時には官寺・私寺併せてわずか39寺にまで数を減らした沖縄のお寺でしたが、各宗派が庶民への布教活動に力を入れたことによって、徐々にその数を増やしていきます。さらにお葬式の形態が本州のような仏式へと大きく変わっていったことによって、お葬式でのお坊さんの需要が急激に増えていきます。

1972(昭和47)年頃の沖縄には、宗教法人として活動をしていたお寺の数が30寺でお坊さんの数も80人程度しかいなかったのですが、2004(平成16)年になるとその数が57寺465人にまで増えました。ちなみにお坊さんの数だけに注目してみても、わずか30年余りで6倍にまで増えていることが分かります。

本当に沖縄には仏教が根付いていないの?

寺院の数もお坊さんの数も急激に増えているにもかかわらず、「沖縄には仏教が根付いていない」という声が未だに多く聞かれるのも事実です。その理由を考える時に必ず議題に上がるのが、「仏教が根付く以前から庶民の生活に浸透している沖縄ならではの風習に対してどのように寺が対応するか」という問題です。問題とされる内容は多岐にわたるのですが、その代表的なものが、沖縄では葬式や供養で必ず準備する豚肉(三枚肉)の存在です。

仏教ではお葬式等死者の供養の際には、肉を使わない精進料理を使います。ところが沖縄の風習では、死者の供養には必ず豚の三枚肉を使います。こうした問題においても、沖縄の仏教では寺によってその対応に違いがあります。

もちろん仏教の教えに忠実に従って沖縄の風習である三枚肉を使った重箱料理を拒否するお寺もありますが、多くの場合は沖縄の伝統的な風習を重視し三枚肉を使った重箱料理を容認しています。ところが容認するお寺の中にも、「積極的に沖縄の風習を肯定するお寺」と「自発的には肯定も容認もしないお寺」に分かれています。

現在の沖縄ではお葬式や法事の依頼が主な収入源となっているため、仏教の教えに忠実に従うことによって依頼を断られるリスクより、沖縄の風習と共存しながら依頼に応える方が圧倒的に多いです。でも仏教の教義から見れば、こうした状況は「伝統的な仏教の考えが根付いていない」と感じる理由にもなります。

どちらにしても沖縄で現在定着している仏教は、伝統的な仏教というよりは、沖縄に根付く風習とうまく融合して出来上がった「沖縄式仏教」といった方が良いのかもしれません。

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